何もできない人間が女装コスプレ売り子をするまで


 

この春に転職し、いきなりプロジェクトマネージャーに就任した。クライアントから案件を受注しサービス上でリリースする、いわゆる純広告型メディアアプリのプロジェクトだった。前任者は逃げるように辞めていったらしく、引き継ぎもなかった。

3月。まずはお互いの自己紹介がてら、プロジェクトメンバーにヒアリングすることから始めた。よくある話だが、外から来た人間が下から目線で「お仕事どうですか」と訪ねると、決まって愚痴聞き御用聞き大会になる。「あの人はよくミスをして大変」「プロジェクトの方向性がわからない」「現場でハンドリングすべきだ」…で?「任せた」

4月。マネージャー業務だけでなく、個別の案件進行も担当することになる。右目でクライアント対応をし、左目で「俺をもっとその気にさせて気持ちよく働かせるのがマネージャーの仕事では」と叫ぶ内外のプロジェクトメンバーに曖昧な笑顔を浮かべる。

5月。巨大案件に対し、上から突然の「無期限ペンディングになりました」の一言。その代わりに新商品開発プロジェクト勃発!町工場のおじちゃんと取り組むまったく新しいプロジェクト。メンバーは?「きみだけ」おじちゃんはメールが苦手なので、いつ携帯に電話がかかってきても元気よく「おはようございます!」と絶叫レスポンスができなければならない。

6月。ある朝目が覚めたら、布団から起き上がれなくなっている自分に気付く。

7月。顔を洗って鏡を見たら、そこには20代とは思えないドロドロに溶けたゾンビみたいな生き物が写っていた。これが人間が老けていくということかと気付く。一度老けると巻き戻しは効かない。いまこの瞬間一瞬一秒の若さは、これから先、もうずっと取り戻すことはできない。

 

女装をするしかないと思った。

 

高校生のとき同人活動というものに出会った。きっかけは「東方プロジェクト」。時はニコニコ動画全盛期、まだ御三家が「初音ミク・東方・アイマス」として確立する前のこと。
風神録から入り、東方アレンジを知り、東方創想話を知り、したらば掲示板を知り、即売会を知った。ありとあらゆる創作の熱気、インターネットのうねりを全身で享受した。

そしてはじめて「博麗神社例大祭」に一般参加する。目当ては東方ボーカルアレンジCDの購入。例大祭とはいわゆるジャンル縛りの同人即売会で、参加サークルはすべて東方プロジェクトの二次創作を扱う。当時はコミケと並ぶ超巨大イベントだった。

東方プロジェクトのキャラクターはそのほとんどが女の子で、メインのファン層も男性が多く、作家も男性が多かった。一方で、その創作物はいわゆる「百合」的ジャンルとしても発達していた。ストーリーに男性はあまり登場しない。「幻想郷の妖怪は、全員が女の子」なのだ。

会場に着いてまず驚いたのはコスプレイヤーの存在だった。サークル主や売り子のコスプレ姿が目立つ。しかも男性が多い。「幻想郷の妖怪は、全員が女の子」「しかし女の子とは限らない」いわゆる女装コスプレだった。ひと目で男性とわかる場合もあれば、女性だと思ったら「どうぞ見ていってくださーい」の声がバリトン、という場合もあった。

ひとしく彼ら全員が楽しそうだった。かわいくなりたいというよりも、好きな作品の・好きなキャラクターの格好をしてイベントを楽しみたいという想いが強いようだった。ハレの日のお祭りに、いつもと違った華やかな格好をしたい。それは文化果つる茨城県の片田舎に住む当時の私でも理解できる、純粋な想いだった。華やかなフリルと風にゆれるスカートが目に焼き付いた。

最近の若者のひとりだった私は、マイカーを乗り回すよりもずっと夢見ていることがあった。
いつかは即売会」。それも、楽しい格好をして。

このままじゃ、夢を叶えるチャンスを失う。ずっと後悔したまま死んでいく。ぼくは幻想郷に行けないまま一生を終える。ゾンビみたいな顔を鏡で見て、すぐさまそれに気付いた。

そこからは早かった。サークル参加する仲間を見つけ、売り子をしたいと申し出て、キャラクターの希望を聞く。劇場版を控えた、某人気アニメのキャラクターだ。性別はもちろん女の子。

 

以下は、同じような夢を抱く幻想郷の友に捧げる、女装コスプレ売り子までのハウツーをまとめる。いつかって今さ。

前提

クオリティを上げることよりも、なんとか形にして、自分のテンションをキープしたまま無事イベントに参加することを第一として考えた方がいい。クオリティコントロールよりメンタルコントロール。参加すれば勝ち。できなければ負け。どんなに自分でひどい出来だと思っても、参加さえしてしまえば人生の勝者だ。

体型・肌

基本的に引き締まっていることが悪い方に働くことはあまりない。(痩せ過ぎて頬がコケるとメイクが難しいというポイントもあるがそれはまだ先のステップだろう)あまりにも太っていると顔が膨むことになり、ごまかしが効かない。
ごまかしが効かないとは、「イベント前日、下手なメイクにズレたウィッグを被ってリハーサルをした後、鏡に映る自分を見て『ぜんぜんかわいくない』と落ち込んで参加をドタキャンしてしまうリスクが高まる」という意味だ。

①食事制限

一概に身体にいいとは言えないが、糖質制限は手っ取り早く効果を実感できる費用対の高い施策だ。糖質を避ける。以上。ラーメンをやめる。細かく意識すると続かないので、ごはんをドカ食いしない、つけめん屋に行くのをやめる、など単純なルールのみを設けよう。これで体重と顔つきが変わる。つけめん大盛りはやめよう

②運動

運動できればいいが、毎日終電帰りの仕事との両立は非常に難しい。ジムに入会してもいいが、2回ほど通ったあと行かなくなるのがオチだ。メイクの練習・準備・衣装の調達などで確実にキャパシティオーバーになる。
筋トレは継続しないと意味がないので、短期間では正直あまり期待できない。よほど露出の高いキャラクターなら別だが、セーラー服を基調としたスタンダードな仕様であれば、ちょっとお腹が出ていても衣装で隠れてしまうのであまり意味がない。痩せることよりもイベントに参加することが目的なのだから、優先度は落ちる。
胸筋や肩周りの筋肉をつけると衣装が入らなくなったり、イベント前日に肩幅が大きくて鏡の前で絶望するリスクが高まるので気をつけよう。

③肌ケア・サプリメント

有名コスプレイヤーのツイートを限界まで遡ると、極稀にサプリメントのおすすめツイートを見つけることができる。今回はビオチン療法をやった。肌コンディションをよくするために
・ビオチン http://amzn.asia/hLhE7qu
・ミヤリ酸 http://amzn.asia/cRjoNRH
・ビタミンC http://amzn.asia/8IF7eYg
のサプリメントを飲むというものだ。すべてamazonで揃えられるが、ビオチンのみ海外発送で到着まで時間がかかる。イベントの1週間前だと間に合わないので、今すぐ注文してほしい。
結果として肌のキメが細かくなり、化粧ノリが段違いになった。

肌荒れは基本的に乾燥から生まれる。化粧水・乳液・クリームなど保湿は習慣的にやった方がいい。
これはコスプレ準備関係なく、やるだけで精神が安定するのでおすすめ。

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・ニベアメン エクストラモイスチャーバーム http://amzn.asia/ay14jIR

なくなったら薬局ですぐに買い足すことができ、持ち歩いていても問題の無いものを選んだ。女装なのにメンズライン?と思うが、自分の肌の特性がわかるまでは黙って肌のポテンシャルに合わせたものを使った方がいい。無印良品もおすすめだが、肌質によっては合わない場合もあるので注意。メンズラインはひげそり後のケアを併用している場合も多く、刺激が強いものもある。よくチェックして判断してほしい。
何を使うかより、ちゃんと続けられるか。それが第一だ。

コスチューム

自作してもいいが、はじめてコスプレに挑戦するには時間と手間のコストが高すぎる。ここはアウトソーシングしよう。「キャラ名 コスプレ衣装」で検索すれば衣装がたくさん出てくる。中国系の安いコスプレ衣装メーカーや、公式から販売されているものもある。ヤフオクでもヒットする。レビューを見て問題がなさそうであれば大丈夫だ。
ここでポイントとしては、セミオーダーができるところを選ぶこと。とくに肩幅・袖丈。日常服ならちょっとゆるさが合った方がかわいいが、今回はキャラクターのコスプレ、それも女装なので、なるべくシルエットは細い方がよい。動きづらいくらいでちょうどいい。女性キャラクターの衣装だったとしても、今ではメンズM、Lなど親切にサイズを提案してくれる業者も多いが、そこに甘えずにちゃんと寸法を図ろう。
衣装によっては届いた後に自分で調整した方がいい場合もある。今回パフスリーブの衣装を注文したのだが、肩+パフ部分の広がり=ほんとうの肩幅というものが考慮されていないせいで、鏡の中にはジオングが出現してしまった。自分でお直しをしたが、これもイベント前日に気付くと発狂するので注意が必要。スケジュールは命よりも大事。

メイク

Youtubeを見よう。
Youtuber大全盛期、あらゆるyoutubeチャンネルが存在する。女装コスプレなどで検索すれば、現役のコスプレイヤーや舞台役者のメイク動画を大量に発掘できる。

https://www.youtube.com/watch?v=9_p1C5JCMbs
https://www.youtube.com/watch?v=7X7CanL-kyI

メイク用品は基本的にそこで紹介されているものを完コピしよう。CANMAKEとCEZANNEにお世話になる可能性が高い。お世話になりすぎて最後の方は「CEZANNE先輩」と呼んでいた。

メンタル

どうしても自分の顔面に耐えられなくなったら、マスクをしよう。
下地をちゃんと仕上げた上でアイメイクをして、マスクをすれば、基本的にまず「大丈夫」になる。秋冬のイベントではマスクをすればいい。問題は夏。マスクは暑すぎて確実にメイクが落ちてたいへんなことになるのでおすすめしない。

そして、どうせ誰も見てないから安心しよう。みんな買い物に夢中だから誰も見てない。女の子に擬態しないとダメかも、と思うが、むしろ女装コスプレは女装だとわかるくらいが一番見てて楽しい気持ちになる。お祭りの華やかな衣装なのだから、気にしない方がいい。

 

同年代に自分と同じ想いを抱く仲間が多いのではと思う。
健闘を祈る。幻想郷で待ってる。