インターネットは何もしない。

「いつも見てます」と人間たちに言われた。

MakerFaireTokyo2012に参加して、いろんなインターネットの人と会った。

「書いてるのいつも見てます」とか「ブログ読んでます」とか「家燃えましたよね?」とか言われた。お客さんはどんどん来るので、展示の説明とか、makeboothの説明をしなきゃいけない。

そんな中でいきなりインターネットから人間がやってくる。驚く。
しかもあっちはぜんぜんインターネットっぽい雰囲気を出していない。余計驚く。
サブカルクソ野郎みたいな人間が来たと思ったらふつうにインターネットの人だったみたいなこともたくさんあった。みんな現実世界ではおしゃれだし髪の毛をセットしたりもする。由々しき事態だと思う。
校則を守れ。整髪料は禁止だしスカートの丈は膝の下にしなさい。

前日にブログを書いたせいか、「なかよしインターネッツを見ました」といってステッカーをもらっていく人がかなり多かった。これには本当に驚いた。
みんなマジで見てたのか。っていうか私の知り合いでない人がブログを見てたなんてにわかに信じ難い。

 

■自分の世界の外側から人間がやってくる

あっちはこちらを知っているけれど、こっちは知らない。インターネットをやっていると、こういうことがカジュアルに発生する。これはすごく楽しいと思った。

そう思ったけれど、この感覚こそが、「インターネット最高!すべてがつながる!世界が良くなる最高イエー!」という錯覚を、引き起こしてしまう原因なんだろうなとも思った。

 

■ふつうにインターネットがある情報社会

スマートフォン(ハードウェア)とWi-Fi(インフラ)が普及してインターネット(ソフトウェア)がめっちゃ発展して社会が変わる!みたいな、そういうことが当たり前のように理解できる時代。まあふつうに考えたら、きっと社会は変わると思うし、変わってると思うよね。

 

■インターネットで全ての問題が解決するわけじゃない

インターネットで何ができるようになるかっていうのを挙げると、よく言われるのはこれ。「知識情報の拡大」。これがあるから最高って言われる。「地球の裏側の情報もリアルタイムで見れるよ!ぼくたちつながってる!」みたいな。まあ一言で言えば視野の拡大。外国の情報もすぐ見れる!かわいそうな現実がわかる!今までわからなかった不幸や悲しみや憤りを、見つけてあげることができる!インターネット最高!ってやつ。
なんか Facebook でそんな感じのこと書いて炎上してたのありましたね、そういえば。

 

お前らは自分の興味あるものしか見ない

知識情報の拡大?それ無理だよ、人間そんなに真面目じゃないよ
真面目なことをブログで真面目に語って、ブログジャーナリズムとか言って頑張ってる人ってそんなにいますか?あ、いる?じゃあ何人いますか?
シリアで虐殺が起こったとしてそれを真面目に語ったりしたりする人、どれくらいいますか?大体虐殺が起こったことも知らないし、そもそも知ることなんてできないんじゃないのかな。ネットからじゃ。
だって、おもしろネタブログとネタクラスタ同志の馴れ合い、これがあなたのインターネットだったら無理でしょう?あなたたちは自分が突っ込めない話題じゃないと見向きもしないでしょう?
たぶんトンネルが落ちたこともわかんないんじゃないのかな。

 

■人間全員の意識が高いわけじゃない

インターネットで、真面目なことを人間が「能動的」に語ったりするかといわれれば、そうじゃない。
私たちはふつうに楽しく毎日を生きたいし、自分の外側の不幸をも抱え込んで、枕を濡らし続けるなんてことはしたくない。たまには草だって生やしたいし、現実世界でくたびれてるんだから、インターネットまで来てそんなに背負いたくない。
「今日まで魔女と戦ってきたみんなを、希望を信じた魔法少女を、私は泣かせたくない。最後まで笑顔でいてほしい」
「それを邪魔するルールなんて、壊してみせる、変えてみせる」
だからブログで発信する?
そんなまどかちゃんみたいな意識高いことを私たちネットユーザーに期待しても無理です

 

 

■”クール”なインターネットなんて無い

「インターネット、つまり情報テクノロジーっていうものは、中立的で技術的なものであってそういうんじゃないから」みたいなノリははっきり言ってすごい頭悪い。
いやロマンっていうならいいよ。だけどロマンなら後ろに(笑)をつけろ。
インターネットを使うのは人間だし、人間はどこまで言っても機械的にはなれない。

 

■私たちは「インターネット」にはなれない

人間はどこまでいっても私たちが憧れる「インターネット」にはなれない。
インターネットは確かに素晴らしい。最高だと思う。
最高だけれど、私たちがどれだけ意識が低いのかっていう現実をわかった上での「インターネット最高」と、思考停止で盲信した「インターネット最高」では、かなり違ってくるのは誰にでもわかることだ。
そういうインターネットに対する思考停止の信仰をする人が増えるのは、ある意味で危険だ。この信仰は、「何があっても技術で解決できるし、インターネットで起こることは全て技術によってもたらされる」という短絡的な思考に他ならないから。
…震災があって、だいぶ減ったけど。

 

■インターネットは何もしない

インターネットで何かをするのはいつだって私たち自身だ。
ジャーナリストとかキュレーターの人が「当事者」とか「動員」とか言ってるけど、これは本当に正しい。彼らが言っているのは徹頭徹尾「お前らたのむから動いてくれ」ということであって、「ネットで変わる」なんていうことは言ってない
「ネットで社会がガラリと変わるんだよ!」という風にした方が売れるし、何故かみんなはそういうアホな言説が大好きだから、そっちの方が食いつくんだけどね。さすがにそんなこと言ってたらバカにされるし。え?まだそんなコト言ってる人がいるんですか?まっさかー。

 

 

■ネット+αの現実

ネットで政治を変えたいなら、ネットよりも政治について考えた方が近道だし、
ネットで経済を変えたいなら、ネットよりも経済について考えた方が近道だし、
どこまでいってもネットは何もしない。何かをできるのはいつだって私たちだし、
ネットは道具でしかないから。

 

 ■テクノロジーが大好きな人たちへ

インターネット自由化。素晴らしいと思う。けれどそれにかこつけて、インターネットのいい所ばっかり訴えて、「ネットで新しい世界がくるんだ!」みたいな感じでユートピア論する典型的な情報社会論者は本当にアホだと思う。

ただ、そういう「これからは電子書籍が世界を変える!」という言説にのせられて、電車の中で iPad をドヤ顔で使うおっさんの多いことは否定できない。技術が社会を変えるんだという技術決定論が大好きな人が多いことは否定できない。インターネットの人は技術決定論が大好きで、けっこう絶句することがあるけど、それで経済が動くなら、それはそれで良いことなんだと思う。一生踊らされてろ。

 

■甘いアイスクリーム

オンラインの世界では、ルックスも、人種も、学位の数も、口のうまさも関係ない。
ただ純粋な形で提示される観念と人格が、異なる次元を持つ。
ああ、これこそ「インターネット」。その響きはなんと甘美で、素晴らしいものなんだろう。

カギカッコつきの「インターネット」はどこまでも 甘い舌触りのアイスクリームのようなもので、気を抜けばすぐに溶けてドロドロと流れ落ちてしまう。
中毒者は、アイスクリーム屋さんがつぎつぎと提供する新しいフレーバーをおいしいおいしいと舐め続け、
きっと目の前にトラックが迫っていても気付かないんだろう。

Facebookという「きっと社会が変わる」アイスクリームに飽きてしまった私たちの、次のおやつは何になるんだろう。
3Dプリンターなんてどうかな?アトムからビットに。社会が変わる、おいしいおいしいアイスクリームだよ!

 

なかよしインターネッツステッカー余ってるのでほしい人いたら言ってください。

RE:なかよしインターネッツ Advent Calendar jp :2012